長寿院

法隆山長寿院

宗派 浄土宗

ご本尊 阿弥陀如来

札所本尊 身代地蔵尊

津軽八十八ヵ所霊場 第三十二番札所

由緒

承和三年(836)に円仁上人が開山、

自作のご本尊を安置して霊場としました。

その後、荒廃してしまいます。

文永三年(1266)、

浅瀬石二代城主・千徳彦三郎源重政公が、

荒廃していた寺を修築し菩提寺としました。

この頃の寺名は五倫山神宗寺。

慶長二年(1597)、

浅瀬石城が大浦為信公に攻められ、

落城してしまいます。

千徳家の家臣・伊賀軍治直治氏は

歴代城主の霊位とご本尊を地中に隠し、

自らは道良を称して

弘前誓願寺に弟子入りして修行をしました。

慶長十二年(1607)、

道良さまが浅瀬石に帰り、

神宗寺を再興。

元和元年(1615)、

現在地に移転、

法隆山昭運寺阿弥陀堂とします。

文化四年(1807)、

寺号を賜り、

法隆山長寿院となりました。

『あせいしの

かわのながれの

きよければ

いのちながびく

のりのよしみつ』

0コメント

  • 1000 / 1000